レーシック経験者のメガネ・コンタクト・レーシック比較 ① 

glasses_1496391701

コンタクトレンズ(ハード)→ 眼科 → メガネ

私の視力は、裸眼では日常生活で不便を感じる程度の悪さでした。
今後どうやって視力を矯正していこうかと、5年ほど前、考えるきっかけがあったので、経過順に書いていきます。

コンタクト生活ができなくなった、そのきっかけとは・・・

その日は朝から、左目だけ、ひどく充血してしまっていました。
ソフト気味のハードコンタクトレンズ(ナチュレ)をしていて、基本的に充血しやすかったのですが、この日の充血度は、異常なほどでした。😣

痛みもなく、鏡を見ない限り、気にならないので放っておくつもりでしたが・・・
お友達のママが、

「母の健康は後回しになりがちだけど、自分で気をつけないとね」

と、優しく心配してくれたのが心に響き、娘が幼稚園に行っている間に、思い切って眼科へ。
初めて行った眼科には、穏やかな女性の先生が。

私の目を詳しく診て、突然、「お仕事は何をされていますか?」と聞かれました。
目が疲れているということかな?と思ったら、そうではなかったのです。
金属の小さな破片が目に入っている(角膜内異物混入)とのことで、

「(すぐに)取りましょう!」と言われました。
もちろん「金属加工」が専門ではない私にとって、こんなことは初めてで・・・

これは取らないと治らないので、眼科に来たことを、お友達のママに感謝。

でも同時に、「困ったことになったなあ😞」と思いました。

目の手術には問題が・・・

 
私は、「先端恐怖症」と言えるほどではないかもしれませんが、「眼球関係」はひどく苦手なのです。
まともに目薬をさせたことなんてないし、目の解剖図なども直視できません。

「(金属破片を取る間、)目を開けていられるかどうか心配なんですけど・・・」

と、先生に打ち明けたら、「こちらでします」と笑顔で言われました。
その後、看護士さんに麻酔用の目薬を差してもらうだけでも恐くて・・・
どうしようかと、待ち時間にドーンと落ち込む私。😟

そうこうしている間に、先のとがった金属の器具で、金属片を取ってもらう番になりました。
どうやって目を開けさせてもらうのか分からなくて、最新機器でもあるのだろう!と自分を励ましていたのですが。
優しい先生が、そうっとまぶたの下を押さえてくださっているだけで・・・
「えー!!(それだけ???)」と叫びたくなりました。
いくらでも、目をつぶれそう。
でも、そんなことをしたら危険すぎる!!😣

もう、自分で頑張るしかない!😠と、気合いのスイッチが入った私は、眼球のことをなるべく考えないようにしていました。
ここで何か問題があると、時間がかかってしまうからです。
娘の幼稚園中に、家でやることがたくさんあるのだから、とにかく早く済ませて早く帰らなくては!という気持ちが優先しました。

先生に「上手ですよ~」と励まされながら、簡単な手術は無事終了!
人生初めての眼帯をしてもらい、その上からメガネという、ものすごく視界の狭い状態で家に帰りました。

眼帯は・・・メガネは・・・

こんな眼帯姿を見たら、娘はどう感じるだろう?と心配したけれど、意外な反応で・・・?
うらやましがり、眼帯を付けたがるので、その日の夕方には外して娘に貸しました。
(夕方までは眼帯をしているようにと、眼科で言われていたので)

その後、しばらくはコンタクトを使えないということで、メガネで生活していました。
私のメガネ姿を、なぜか娘は認めてくれないので、結構つらかったです。
「ママ大好き」と言われた後、必ず「メガネが似合わない」と、呪文のように繰り返される毎日で。
出産後は、ずっとメガネで生活していたのに、メガネ姿の私の顔に全然馴染んでいなかったようでした。😐

娘が2歳半になった頃から、再びコンタクトをするだけの余裕ができましたが、朝はしばらくメガネで、そういう時は、私の顔からメガネを取ろうとばかりしていました。

そんなに似合わないのかなぁ・・・そんなことないよね?と自分では思うものの・・・

またコンタクト生活に戻れる日を、親子ともに待っていたのでした。