『インターステラー』考察③ 「彼らじゃない」「俺たちだ」に込められた意味

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四次元空間で、クーパーはTARSに向かって、「彼らじゃない」「俺たちだ」と2回言います。

この部分の解釈を、あれこれ考えられた方も多いはず!

今回は、これらの言葉の「意味」について書いていきます。

この先はぜひ、映画の後で読んでください。

1回目の「俺たちだ」

「呼んだのは彼らじゃない。俺たちだ」

(小説では「俺たちをここに連れてきたのは俺たちだ」)

と叫んだクーパー。

謎が解け、クーパーがすべてを理解した瞬間でした。

その直後、砂嵐が吹き込むマーフの部屋で、NASAの場所を示すバイナリ・コードを描いたのです。

このシーンでは、クーパー自身をNASAに向かわせ、結果的に宇宙に旅立たせたのが「クーパー本人」なので、「彼らではなく自分」だと解釈することもできます。

でも、「俺たち」の「たち」というのは、クーパー以外には誰のことでしょうか?

NASAの座標をバイナリ・コードで教えてくれたTARS?

それともクーパーと一緒に宇宙に来た、科学者たちのことでしょうか?

実は、そういう意味ではないことが、次の「俺たち」発言で示されているのです。

2回目の「俺たちだ」

クーパーが、ブラックホールのデータを、マーフの腕時計に伝えた後。

TARSに対して、

「まだ分からないのか?」「彼らじゃない。俺たちだ」

と繰り返しました。

(小説では、「彼らは俺たちだ」。)

さらに小説では、

「俺がマーフを助けようとしたように、人類が俺たちを助けようとしているんだ」

というクーパーのセリフが続いていました。

 

人類を助けようとしてくれている、誰だか分からない相手を、ずっと「彼ら」と呼んでいた訳ですが、それが「自分も含めた人類全体」だったのだと気付いたクーパー。

「助けてくれたのは」、三人称の「彼ら」ではなく、二人称の「俺たち」だ、という意味なのです。

「人類が人類を助ける」チカラと「愛」

四次元空間を作ったのが、未来の人類であることは、クーパーも認めるところです。

また、クーパーと同時期の人たちの協力があったからこそ、クーパーの使命は果たされました。

宇宙探査のプロジェクトメンバーやNASAの技術者たちだけではなく、その周りの人たち全体の存在と助けが必要だったのです。

実際、息子のトムのような、農業に従事して食糧を供給し、税金を払ってきた人たちがたくさんいなければ、何一つできなかったのですから。

そして、その人たちを生み育てたのは、過去の人たち。

人類が救われたのが、過去・現在・未来の人類のおかげ、であることは確かです。

 

前回、マーフの部屋の模型が落ちた日のことを書きました。

そして、その出来事は、他の日の他の時間には起こりえなかった、ということも。

この映画で「過去」は、未来の人類が操作して、自由に変えられることではないのです。

では、何が人類を「人類救出」に導いたのでしょうか?

この映画では、それは「人類全体の意思」と、伝えているのではないでしょうか。

人類という種が、生き残るために、種全体として選択したこと。

個人個人は全く意識していないけれども、「生き残ろうとする」種の意思が、一人一人を動かしている、とでもいうような。

そして、その意思を導いているのが、科学的に解明できていない「愛」なのではないかと・・・

映画内で登場人物たちが説明できなかった、「愛の存在理由」ということですね。

「種の選択」の可能性

もちろん現実には、こんなドラマチックなことは起きないとは思います。

でも、地球上の動物や植物について客観的に考えてみると、「その種全体としての意思」がそうさせている、としか解釈できないようなことがあるのです。

それなので、もしかしたら人類も、「種の力」に導かれていることがあるんじゃないかな、と考えたりしています。

近年の、再生可能エネルギーへ進む、世界的な動向もそうですし。

この「インターステラー」のような映画が、大勢の労力で作られたり、その内容を支持する人たちがたくさん存在することも、その一端なのかもしれないな、なんて。😊

四次元空間で、クーパーは未来を変えたのか?

クーパーが腕時計を介してメッセージを送った瞬間、「未来がガラリと変わったのではないか」という想像をされた方もいらっしゃるかもしれません。

または、「2通りの未来が同時に存在するかもしれない」とも。

地球時間で、クーパーが四次元空間に来た時というのは、マーフが腕時計のメッセージに気付いた時よりも50年程後というのが、「実は間に合っていないのでは?」と混乱させる箇所です。

でも、この映画に関しては、そのようなことが起こっていないので、描かれていないと思われます。

クーパーは、自分自身の役目を果たしただけで、それは人類という種の選択として、起こるべきことだった、と。

すでに、未来の人類が存在し、四次元空間を作っている通り、「クーパーがデータを伝えること、それによってマーフが重力の問題を解く」以外の選択肢は無かった、と考えられます。

それなので、もし誰かがあの四次元空間で、クーパーがデータを送る前に、ずっと先の未来を覗いたとしても、映画の結末と同じ未来が続いているはずです。

もちろん、マーフの部屋に人の気配はなく、まるで人類が滅亡したかのようになっているでしょうが・・・

それは、人類が、土星近くの巨大宇宙ステーションで生活しているからなのです。🙂

気になっていた、クーパーの義父の言葉

映画の最初の方で、家のポーチに腰かけたクーパーとドナルド(クーパーの義理の父)が、語り合う場面がありました。

そこで、ドナルドが「(クーパー)は、生まれるのが40年遅すぎた。いや、40年早すぎたんだな。」と言うのです。

有能なエンジニアであり、パイロットでもあるクーパー。

40年早ければ、ドナルドよりも10~15才ぐらい年上ということですよね。

科学技術の最盛期に活躍できたけれども、その後の没落も経験することになる。

40年遅ければ、マーフよりも15才年下になる世代。

何もないのが当たり前で、その時代に疑問を感じることなく、適応して生きていけた、ということでしょうか。

でも、この物語は、「いつの時代に生まれていたら・・・」ということは、ありえないと伝えているのです。

生まれる時代は選べないし、人それぞれに役目があると。

このセリフは、ラスト付近で「クーパーが気付くこと」への伏線だったのですね。

人類が「何も知らなかったこと」を示す象徴になっているのかもしれません。

 

 (マーフの部屋で「模型が落ちた日」のことはこちら。 ↓ )

www.spicy-chai.com

 

この映画、現在はアマゾン・プライムでは、無料で視聴できません。

Netflix(ネットフリックス)で、視聴可能。ダウンロードしてオフラインで観ることもできます。

(2019年11月7日 追記)