【ホワイト・オランダー】② 気になった点!

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この映画は全体的に、説明の足りないところが多いように感じました。

ベストセラー小説が原作ということで、内容を知っている読者が、「その雰囲気を実写で見たい!」がために、観る映画なのかも。 🙂

109分の映画では、長編小説の内容を描き切れないと言ったら、それまでですが。

原作を読んでいない私は、いろいろと不可解に感じつつ、想像で補って観ました。😉

バリー殺害方法

最後まで曖昧なままだったのは、母親が自身のボーイフレンドであったバリー(ビリー・コノリー)を殺害した方法です。

「その謎と関連するのでは?」と思われるのが、繰り返される回想シーン。
アストリッドが、あちこち転々とする生活を送る中で、「時々思い出さずにはいられない場面」というのがあるんです。映画では、それが何を意味するのかが、曖昧になっています。
                  ⇓ ⇓ 
・母とバリーの「恋人としての付き合い」の始まりを象徴する、カフェでのふたりの親しげな朝食風景(→アストリッドにとっては、悲劇の始まり?😥)
・バリーが怒りながら家に押しかけてきて、窓ガラスを割り、それに対して母がナイフか何かで窓越しに手を切り付けるシーン
(↑母がバリーに捨てられた恨みから、仕事関係のデータを消去したのが、ばれたため 😯 )
・バリー殺害容疑で警官に連れていかれる母が、「すぐに戻る」とアストリッドに言い残して出て行く、玄関のシーン(母と暮らせなくなり、生活がガラリと変わった瞬間だから?🙁)
・母がテーブルで、花の咲いたホワイト・オランダーの枝を、牛乳の注がれたグラスに活けるのを、アストリッドが横で見ているシーン(→殺害と関係あるのか? 😕)
・「ホワイト・オランダーには強い毒があるのに、なぜ育てるのか」と話す男性の声が聞こえるシーン(→毒があることを、アストリッドも知っていたことを示す 🙁)
・母親がホワイト・オランダーを大量に刈り取っているシーン(→毒殺に使うため?🙄 )
 
この、最後の方の「ホワイト・オランダー」という植物が、映画のタイトルになっています。白い花をつけ、きりっとした樹形は、「白い服を着た美しい母のイメージ」そのものです。
でも、上↑にもあるとおり、強い毒をもつ植物で、同時に母の内面をも象徴しているかのよう。🙁 

この植物が、毒殺に使用された、はずだけど・・・

 
ホワイト・オランダーは、日本では「夾竹桃」と呼ばれ、植物すべての部分(花、葉、枝、根、果実)と、植えている周辺の土壌にまでも、毒があります。
口から摂取することで、これまでも人や家畜の死亡例がありました。
牛の場合、体重1キロあたり50ミリグラムの乾燥葉が致死量なので、体重60kgの人でも、乾燥葉3グラムで危ないのでは?  👿
そこで、謎の「この花を牛乳に活けるシーン」は、毒を抽出するためだったのかな・・・と考えたり。
これとは別に、母娘のドライブ中に、「アメリカでは非合法であるDMSOという薬を、メキシコで母が買う」ということを話すシーンがありました。(←でもその説明は無いまま😐)
このDMSO自体は毒ではなく、「有機物をよく溶かす、水とよく混和する溶媒」です。
ホワイト・オランダーの毒を、牛乳に溶かすために使った溶媒では?とも考えられます。
でも、どうやってそんなあやしい液体を飲ませたのか?・・・🙄 
母が、自分には全く損のない完全犯罪で、自分を捨てたボーイフレンドを罰するつもりだったはず!と想像するものの、詳細は全くわかりませんでした・・・・

意外な事実!

 なんと、原作のwikiに、次のような内容がありました!⇓
breaking into Barry's house and spreading a mixture of DMSO, an arthritis drug, and oleander sap all over the surfaces of Barry's home (the DMSO allows the oleander poison to be absorbed into skin). As a result, Barry dies, 
(訳:(母が)バリーの家に押し入り、関節炎薬DMSOとオランダーの樹液の混合物を、バリーの家中の表面に塗り、その結果、バリーは死亡。というのも、DMSOはオランダーの毒を皮膚に吸収させる働きがあるため。)
 
ちょっと、非現実的な気がしますが・・・ 🙁
 原作を読んだら、その他もろもろ、説明不足な点は、はっきりするのかもしれませんね。

原作とは・・・

 その原作『扉』原題:White Oleander(ジャネット・フィッチ Janet Fitch)は、アメリカで1999年に出版され、ミリオンセラーになった長編小説です。
アストリッドの12歳から20歳までの生活が書かれているそうです。
邦題が大胆に『扉』となっていますが、「扉」というのは、「この物語を象徴する存在」なのかもしれません。🙂
映画でも、様々な扉(里親の家の扉や、施設の扉、面会に訪れる刑務所の扉)が印象的に映し出されていたので。

最後に、字幕について

 字幕に関しても、わかりにくい表現がありました。
①ポールがアストリッドに、「ゲイなの?」と聞き、アストリッドがそうだと認めるシーン。
施設で、男性と関わらないようにしているアストリッドに対して、同性愛者なのか確かめたくて聞いたポール。異性として見てもらいたくなくて、アストリッドは肯定していました。
でも、日本では女性の同性愛者については、「ゲイ」という言葉をほとんど使わないので、不自然でした。😮 
「ゲイなの?」よりも「女の子が好きなの?」が良いのでは。
その後、アストリッドが、「ゲイじゃないの」と告白する場面でも、「同性愛者じゃないの」の方が良いと思いました。
②3人目の里親が、古着を売る屋台で、「屋台とガス代は、私もちだよ」と言うシーン。
アストリッドの持っていた服が売れた場合の、自分の取り分について、主張しているところです。屋台の維持費が里親もち、というのはわかるけれど・・・。「ガス」というのは、ガスストーブでもあるのかと思ってしまう。これは、屋台までの移動に使う車のガソリン代、ということなので、「屋台とガソリン代は、私もちだよ」の方が、わかりやすいです。🙂
 
登場人物の感情など、リアルに描かれていて、ストーリーもしっかりしているし、女優陣の演技も素晴らしいのに、映画全体としては、曖昧な点が多くて、もったいないように感じました。🙄